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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)331号 判決

控訴人

高瀬彦一

(仮名)

右特別代理人

末川文子

(仮名)

右訴訟代理人

平井嘉春

被控訴人

高瀬ヨシ

(仮名)

右訴訟代理人

佐藤弘

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決中、昭和四六年四月一九日東京都千代田区長に対する届出によりなされた被控訴人及び夫維彦と控訴人との間の養子縁組につき、右維彦と控訴人間の養子縁組を無効であると確認した部分を取消す。被控訴人の右取消部分の請求を棄却する。訴訟費用は、一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。《以下、省略》

理由

一  当裁判所は、被控訴人の本訴請求は全部理由があり正当であると判断するが、その理由は、次に附加するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

(一)  原判決書四枚目裏二行目中「尋問の結果」の下に「(原審及び当審)」を加える。

(二)  〈証拠〉によると、亡維彦は、昭和四五年一〇月に癌で手術し、余名いくばくもないことを知つて婚外子として生まれる予定の控訴人を胎児認知し、更に本件養子縁組届出後一か月余にして死亡しているのであるから、亡維彦が非嫡出子たる控訴人をわざわざ自己の養子とした意図は、控訴人を自己の手もとで嫡出子として引き続き養育することはもはや不可能であることが明らかであつたのであり、したがつて専ら(い)自己の死後控訴人を高瀬家の正統な嫡男としたいことと、(ろ)それに相応した財産を継がせたいという二点に尽きると認められる。

ところで、このように養親となるべき父が実際に子を養育することが不可能であり、間もなく死亡することが予定されているような場合には、民法七九五条の夫婦共同縁組の規定にもかかわらずその原則をくつがえし特別の事情があるものとして、父と子の間の関係でのみ養子縁組を有効とすることについては、その判断において特に慎重に諸般の事情を考慮しなければならないといえよう。

その場合、前記二点のうち、先ず(い)点については、旧民法の如き家の制度はもはや存続しないものの、〈証拠〉によれば、被控訴人は亡維彦の妻として多年同人の女性関係に悩まされ、その結果婚姻関係が事実上破綻するのやむなきに至らせられたものであるから、その過程で亡維彦と他の女性との間に出生した控訴人が、被控訴人の意思に反して同一氏を名乗り同一本藉に入籍し、いわゆる高瀬家の嫡男となるような結果を来たすことについては、強い拒否感を抱いていることが認められ、それは主観的な感情であるにしても長年妻たる地位にあつた者としては生活に密着した正常な感情であるというべきであり、それが害されることによつて配偶者の死後も引き続き精神的打撃をうけるとするならば、その感情も正当なものとして法律上保護に価するものといわなければならない。

次に(ろ)の点についていえば、〈証拠〉によれば、被控訴人は亡維彦と結婚後、夫婦協力して薬品販売業に従事し、被控訴人が店舗における販売を担当し、維彦が仕入れを担当し、その共稼ぎによつて次第に収益を増し、よつて得た利益によつて不動産を取得する際、両者合意の上、ほぼ交互に維彦単独の所有財産と、被控訴人の単独所有財産とに区別しながら、相当数の財産の各自取得を継続し、その後右薬品販売業を廃止したときも在庫商品や利益金等を折半し、爾来夫婦の所得も明確に区別して来たことが認められ、それ以外に維彦が同人固有の財産を被控訴人に生前贈与した如き事実は、これを認めるに足りる証拠がない。他方前掲証拠によれば、維彦は公正証書による遺言書により親族に対する自己の財産の分配を遺言したが、その際被控訴人に対しては一物も与えず、控訴人に対しては同人を養子としての立場から相当額の財産を与え、その結果、維彦の死後相続人間で相続財産について紛争が生じ、被控訴人は、遺留分を害されたものとして、控訴人ら右遺書によつて相続財産を与えられた者を被告として訴を提起し、同訴訟において控訴人が単なる非嫡出子であるか、それとも養子であるかはその訴訟の結果に影響があり、その影響する額は、被控訴人の請求によれば二五〇万円余りであつて、控訴人が主張するように被控訴人が現在相当の資産を有する者であることを前提としても、右の額は必らずしもこれを軽視してもよい程の微少なものであるということはできない。

以上いずれの観点からしても、本件養子縁組について、その縁組の効力を亡維彦と控訴人間の関係だけでも有効とすることは困難である。〈以下、省略〉

(豊水道祐 館忠彦 安井章)

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